山田会員送別会
明大校友会「OhOh-Meiji」の副会長を務め常にメンバーに和やかな雰囲気をまき散らしていた山田さんが急遽帰国となり、日頃からの感謝を込めて3月26日に送別会が開催された。
病気で長く校友会を欠席されている望月先輩に出席の全員で書いた激励の寄せ書き。
本当に有難うございました。
ゴルフが上達しなかったのが心残りです…。
オーオー明治の皆様
先日は急なスケジュールにもかかわらず大勢の方に送別会にお越しいただきまして有難うございます。
皆さんの温かいお気持ちは一生忘れません。アメリカの地で多くの同窓生方々と知り合えた私は本当の幸せものだと思います。

思い起こせば15年前の1990年、32歳で期待に胸膨らませてロサンゼルスに降り立った時の事、ロサンゼルスの暴動、ノースリッジ地震、同時テロ…それにプライベートを含めると結構激動の30〜40歳台だったと思います。気が付けば15年と言うのが正直な感想です。
ロサンゼルスには四季がないといわれますが変化は日本に比べて少ないですがきちんと存在しています。私は1990年6月に日本からきましたのでちょうどあの紫色の花が咲くジャカランタ(ヤカランタ)がきれいでした。毎年初夏にあの花が咲く頃になると初めてロスに来たときを思い出します。私にとっては桜の木のような存在で気分をリフレッシュさせてくれます。春には枯れ草の下から一斉に緑の草が山一面に広がりますし、冬には遠くの山に雪がかかります。変化が乏しいからこそそんなわずかな事が逆に大切な要にも思えます。15年間の中にはそんな変化に気づく事もなくいつしか1年がたっていたときもありました。

今回の転勤の話を聞いた時、正直迷いました。しかし、これからの仕事の内容が今までの15年間の経験を試すチャンスである事、15年前のアメリカ行きの話をもらったときのようにもう一度自分の力を試してみたかった事が決断させました。仕事は中国が中心になると思いますが成功するかどうかは未知数です。しかし、とにかく全力でチャレンジしていこうと思っています。 ロサンゼルスのカレーハウスも担当の一部になると思いますので年何回かは来米する事があると思います。その際はまた皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。
オーオー明治の活動に関しては副会長としてまだ何もしておらず大変心苦しいのですがまだ任期が残っていると言う事ですのでお言葉に甘えて日本にいながらできる仕事をさせていただこうと思います。もちろんメールも漏れなく読もうと思っています。返事も書きます。
日本に来られる機会がありましたら是非ご連絡ください。15年のブランクはありますが1年もすれば皆さんをご案内する事ができるようになっていると思います。ご連絡をお待ちしています。(山田 耕司)

●昨日は山田さんの送別会、例によってにぎやかに楽しくできたこ と、最高の仲間たちを肌で感じました。その後の二次会に山田さんを引っ張り出し夜 中の2時までカラオケで歌いまくりました。びっくりしたのは一般の客の合間に明治 の仲間が歌いだすと店がシーンとするくらい上手な人ばかりで(私を除く)これは明 治のコーラスバンドを作っても十分に行ける実力がある思います。もっともっと色々 な方面で才能のある人が沢山いるかもしれません、どんどんいろんなことをやってい きましょう。
最後に、山田さん本当にありがとう御座いました、日本に帰っても オーオー明治のメンバーということ忘れないでくださいね。

●篠崎会長、横田さんの取り 計らいで、山田副会長の壮行会の一次式は無事盛況のうち内田さんの愛嬢のKISSと河 野さんの特別なエールに包まれて山田さんの前途を祝すことができました。今、二次会がガーディナの「だるま」にておごそかに行われている ことだと信じます。ぼく、佐々島と河野さんとで、パーティーのときに皆さんで書いて いただいたテーブルナプキンへの寄せ書きを、すぐ近くの南敬老ナーシングホームで リハビリに励んでいらっしゃるヘンリー望月さんにお届けして来ました。
夜更けの強盗に間違われそうなおっさん二人組みにも関わらず、 ナースも、とりわけ、望月さんには喜んでいただけたようです。 かなり、言葉も 発っせられたようにおもいます。 リハビリの臨床事例にも、身内の訪問回数の多い 方の回復成果が良いというデータ‐があります。 望月さんの言語機能はかなりの回 復傾向にあるのではないかとおもわれます。ちょっとのさみしさの向こうに、光がみえるようにおもえません か?山田さん、望月さん、期待してます!
癒し系と称される山田さんの風貌に加えて、お腹あたりも「舞の 海」、・・もちろん、ぼくは頭脳派のお相撲さんとして大好きな人だから並べていう のですが、年季奉公があけるまで東京に在っても副会長をやっていただけるそうですので、よろしくお願いします。